前回は9月24日09:20参照
次の旅先である大阪は母親の両親が一時期暮らしていたこともあり、幼い頃はよく遊びに行っていたようだったが、物心がつく前の話なので俺の記憶にはほとんどなかった。
今回の旅は名古屋以上の遠出になることもあり楽しみだった。
当然、大阪へは新幹線で向かうことにした。
持ち物は一日分の着替えと音楽プレーヤーのみ。
全くのノープランだが、何とかなるだろうと考えていた。
そして旅立ちの日。
新幹線で3時間ほどで大阪に着いた。
当時、大阪駅は終点となる事が多く、幼少期の俺は終点を伝える際に流れるJRの曲が大好きだった…。この日もその曲が流れ出し、幼い頃の記憶が蘇った。
懐かしい物思いにふけりながら大阪駅に降り立った。
そこは広く、大きな建物が連なっていた。
俺は、新大阪駅と大阪駅の違いが分からず、着いた直後に迷子になった(笑)。
当時はスマホなどなかったため、取り急ぎコンビニで地図を購入。
その際、店員の関西弁に感動し、「ああ、ここは大阪なんだ」と改めて実感した。
地図を買ったもののどこに行けばいいのか分からず、ネーミングだけで日本橋(にっぽんばし)に行ってみることに決めた。というのも、東京にある日本橋(にほんばし)を知っていたからという単純な理由だった。
ところが、到着してから電気街だということが発覚。
特に買い物をするわけでもなく歩き続けると、何だかレトロな雰囲気の場所にたどり着いた。
そこは「なんば」という街で、中央に通天閣がそびえ建っていた。
まるで昭和時代にタイムスリップしたような気分になった。
18禁の映画館やホームレスも多く、独特な街並みは初めての者にとって少し怖かった。
周辺のパチンコ屋はどこも北斗の拳SEを大量導入しているホールばかりで、中には100台近く導入なんて店もあった。逆に、初代北斗の拳が置いてあるホールはほとんどなかった。
まさか、本当に撤去されるのか!?
そんな不安を感じつつも、初日はパチスロを打つことなく、結局そのまま「なんば」のビジネスホテルに泊まった。
目的ははっきりしていなかったが、一人で旅をする時間はとても充実していた。
将来に対する不安もなく、こんな時間がずっと続くと思っていたし、お金も十分持っていた。
何しろ、静岡に帰省している間もパチスロは絶好調だった。
2006年はこの時点で万枚を4回達成。
北斗の拳の推定設定5でも万枚を達成していた。
この時期は、パチスロで負けるという不安など毛頭なく、勝つのが当たり前だと思っていた。
さて翌日。
前日、北斗の拳SEでBBが100回超えの台が多数あるホールを見かけたので、朝から打ちに行くことにした。
何となく選んだ台を打ち出すと、早々にBBをゲット!
するとBB終了後…。
カタカタカタとクレジットが落ちた。
コインが入らず遊技できないので店員を呼ぶと
店員「おめでとうございます!こちらは設定6確定です!!」
俺「…え、設定6確定?」
なんと! 適当に座った台がクレオチして設定6が確定してしまったのだった!!
…つづく。
出典: パチマガスロマガ「決死のパチスロサバイバル日本縦断編5」内の不定期連載「夏目血風録」(2013年10月2日(水) 掲載)。 本文は当時の掲載どおりで、書き換えていません。