前回は9月17日10:09参照
帰省はしたものの、田舎なので行く場所はパチンコ屋くらいし かなかった。
歌舞伎町でホストを経験したり、俳優としてプロの現場 で仕事をした事に比べたら、地元は何もかもが退屈だった。
そして、毎日パチスロを打つ生活にも飽きが見えてきた。
刺激が欲しかったのかもしれない。
息抜きにバイトでもしようと思ったが、新人からのスター トは気が進まなかった。
実は、上京してから葛西の居酒屋でバイトをしていたのだ が、そこの料理長とは気が合わなかった。
俺に教えてもいない仕事を押し付け、自分は休憩して ばかり。その事実を店長にチクったら、理不尽な八つ当たりをしてきたので、頭にきてバイト中に帰った。
当時の自分は気に入らないことがあれば、我慢せずに バッくれるのが当たり前だった…。
とは言え、当時は貯金があることが人間の価値だと思っ ていたので、金を稼ぐためにもバイトはしたかった。
そこで思いついたのが、上京前にバッくれた焼肉屋に復 帰することだった。
自分の中のモヤモヤを解消したいという気持ちもあったし、何より仕事 を覚えているので楽に稼げると思った。
そこで、お金の為と割り切り勇気を出して謝る事にし た。
数ヶ月ぶりに謝りに行くとバイトの人達は暖かく迎えて くれた。
店長もトラックのお兄さんも許してくれたので、バイト を再開することができた。
が…!
毎日が退屈でつまらないことに変わりはなかった。
楽しみと言えば、バイト先の高校生がかわいかったこもくら い。
確かにお金は貯まるかもしれないが、同じことの繰り返 しに刺激を得ることはなかったし、バイトをしていて俳優としてプラスになるとは思えなかった。
そこで閃いたのが旅だった。
見知らぬ土地に行って経験を積めば俳優としてもプラスな るのではないかと思ったのだ。
しかし、覚悟は決めたものの、特に観光してみ たい場所もなかった。
田吾作にアドバイスを求めると、パチスロ発祥 の地・愛知県をススメてくれた。
そうして俺は2006年8月、名古屋を目指すことになった。
…つづく。
出典: パチマガスロマガ「決死のパチスロサバイバル日本縦断編5」内の不定期連載「夏目血風録」(2013年9月21日(土) 掲載)。 本文は当時の掲載どおりで、書き換えていません。