前回は8月29日11:35参照
映画でホストの役をするなら実際にホストやってこいと、ホストクラブに体験入店することになった19歳の夏目五郎。
夜も静かになった葛西のアパートにスキンヘッド監督が迎えに来た。
この頃のホストクラブはテレビやマスコミで取り上げられ、かなりバブリーだったらしく、新宿は今以上に賑わいを見せていた。
歌舞伎町は勿論、歓楽街にすら行ったことがなかった自分には、どんな世界なのか想像もできなかった。
連れて行かれたホストクラブは、監督の幼馴染みが経営している店だった。
俺は入学式用のスーツに身を固め(ダサいが、残念ながらスーツは貸してくれなかった…)、緊張しながらドアを開けた。
そこは、テレビでよく見るお城のような内装ではなく、どちらかと言うと薄暗くダンスクラブのような感じだった。何人か先輩のホストがいたので挨拶をすると、皆とても親切に対応してくれた。 25~30歳位の人が多く、自分はかなり若い方だった。
ちなみに、開店は夜の1時でそこから朝方まで。客の大半は水商売の女性だった。
お酒の作り方やテーブルマナーを教えられた後、初日から早速席に着くように言われたが、そこで驚愕! 客の大半は若くて綺麗なお姉さんだった。
自分は先輩ホストを持ち上げるのが役目だったので、必死にお酒を作り、手が空いたら食器を洗っていた。
肝心の席での会話は「19歳!」って言えば、「若―い!!」と持ち上げられ、何とかなった。
当然ホストクラブなので、普通にお酒を飲むより断然高い。瓶ビールは2000円、鏡月は8000円と驚きの金額だった。
さらに、高いシャンパンをお客さんが入れると(30万とか)、店のホスト全員がそのお客さんを囲んで盛大に祝うのだが、その光景は圧巻だった。
「やっぱり歌舞伎町はすげーな」と思いつつ、お客さんの話を聞いていると、結構パンチの効いた話も多かった。
例えば…。
お気に入りのホストをNo.1にするためにお金が必要で、内緒で風俗を始めたりとか。パチンコ店の店員をやっていて、設定を彼氏に教えたりとか…。
色々な意味で勉強になりつつ、気づけば朝。
夜の世界の過酷さを知ることができた忘れられない1日になった。
そして眠い目を擦りながら、パチスロを打ちに行った。
適当に北斗の拳を打ち、3500枚出た。
相変わらずパチスロでは、何とか勝つことができており、隙さえあればパチスロを打つ習慣は抜けていなかった。
幸い、上京前の貯金があったので生活に困ることはなかった。
こうして夜の世界も経験し都会に染まっていく夏目五郎であった。
…つづく。
出典: パチマガスロマガ「決死のパチスロサバイバル日本縦断編5」内の不定期連載「夏目血風録」(2013年9月9日(月) 掲載)。 本文は当時の掲載どおりで、書き換えていません。