前回は7月15日10:15参照
上京まで残り一ヶ月と迫る中、今まで経験したことがないペースで勝ち続ける夏目青年!
3月のパチスロ収支をバイトで稼ごうとしたら1000時間は必要だった。
とは言え、バイト歴の長い自分がいなくなれば周りに負担がかかる。それがわかっているだけに、シフトを削りたくても削れなかった。
さらにその時は、金よりも誰かの役に立ちたい気持ちが強かった。
そんな気持ちを強く持ったのには理由がある…
自分が初めてバイトをしたのは16歳。コンビニのレジ打ちだった。高校に入学し野球部に入ったものの一ヶ月も経たずに退部し、やることもないので軽いノリでバイトを始めたのだった。しかし、シフトに拘束されることに嫌気が差し、2ヶ月ほど働いた後、バッくれてしまった。
さらに高校に通う意味を見い出せずにいた俺は遂に不登校になった。
進学した高校は家から10キロ程あり、何より友達がいなかった。仲間はずれにされているというよりも、俺は高校の同級生を見下していたのかもしれない。中学の時に大人っぽい同級生を見ていた俺からすれば根本的にダサく見えて、仲良くしたいとも思えなかった。
それに加え、自転車で片道40分の通学が何より苦痛で辛かった。じゃあ、どうしてこんな条件の悪い高校を選んだのかって話だが…。
実は俺は中学3年の秋頃から周りに無視されていた。鈍感なので、高校に入ってからシカトされていた事を知った訳だが…(笑)。だから、遠くの高校に行くことにしたんだと思う。
今思い返せば、仲良くしていた友達が急にそっけなくなったり、話かけてもシカトされていた。俺の声が小さいのかなーって呑気に思っていたが、どうやら違っていたみたいだ(笑)。
そんな中、焼肉屋のバイトに出会う。
コンビニのレジは基本的に個人プレイだったが、それに対して焼肉屋のバイトは衝撃的だった。社員とバイト合わせて10人以上いることも多く、会話があるのが新鮮だったのだ。
当時17歳の俺は最年少だったこともあり、かわいがってもらった。
トラック運転手のお兄さんや、専門学校生の綺麗なお姉さん。他にも主婦や大学生など今まで自分が関わったことがない人ばかりでバイトに行くのが楽しかった。
その人たちの会話に入りたいがために、仕事も一生懸命覚えた。
認められたい一心でガムシャラにシフトを入れ続け、どんなに疲れていても休むことはなかった。
気がつけば一年半が経ち、社員のひとつ下のポジションまで上り詰めていた。
バイトなので入れ替わりが激しく、気がつけば高校生ばかりになり、大人は社員と下ネタ大好きなトラックの運転手と主婦ぐらいになっていた。
3月ということもあり、バイトの高校生のほとんどが新生活の始まりに浮かれていた。
仕事中、私語が多かったり、バイトが馴れ合いになりつつあるのは俺も感じていたが、同い年いうこともあり、なかなか注意できずにいた。そんなある日、事件が起きた!
俺は調理場を担当することが多く、その日は俺以外にトラックのお兄さんと高校生が2人いた。調理場の近くにお客さんがいると私語が筒抜けになるのだが、高校生2人はお構いなしに大声で私語を繰り返した。
そんな状況に見かねたのか、遂にトラックのお兄さんが怒鳴り始めた!
「お前ら仕事舐めてんだろっ!」
お兄さんのこんな姿を見るのは初めてだったので驚いたが、仲裁に入ると完全に巻き添いを喰らった。
挙げ句の果てには、「お前は高校生の肩を持つんだな!」くらいの事を言われ、お兄さんはバイト中にも関わらず、怒って帰ってしまった…。
今考えれば、俺がしっかり高校生を指導しなきゃいけなかったのだが、当時は「何で一生懸命働いてる俺が怒られなきゃいけねーんだよっ!!」とブチ切れた。
さらにこのバイトは高校生バイト派閥と社員&大人のバイト派閥に分かれていて、俺は板ばさみ状態に陥り、かなりのストレスを感じていた。
後日、怒られた高校生の1人から俺に電話が入り、「お兄さんに謝って」と言われる。
すでに高校生2人は謝っており、残りは俺だけとの話。
そんな事もあり、気まずい空気のまま出勤しなければいけない日が続いた。
そして問題の日、俺は昼間からパチスロを打っていた。
バイトの時間が近づく中、北斗の拳が爆連しており、遂にはバイトの出勤時間を迎えてしまった!
そこで俺の取った行動は…。バイトをバッくれるという最低の行動だった!!
後日、新生活が始まるため、バイトを辞める高校生の送別会があることも知っていたが、この日以来、俺はバイト関係者から電話があっても一切出なかった。
こうして最悪な形で大好きだったバイトを辞めた夏目青年であった。
つづく…。
出典: パチマガスロマガ「決死のパチスロサバイバル日本縦断編5」内の不定期連載「夏目血風録」(2013年7月18日(木) 掲載)。 本文は当時の掲載どおりで、書き換えていません。