5号機さようならシリーズとして、2008年から2009年あたりの思い出を振り返る話です。

2008年は、フリーズが演出のお約束としてできるようになった年でした。5号機はもともとフリーズがダメだったのに、規制が変わってフリーズが搭載されるようになったんです。その中で一番印象に残っているのが『南国育ち』でした。あと『エヴァンゲリオン 約束の時』も出た年です。

僕はその頃、東京から神奈川に一人暮らしを始めて、それまで通っていた店に1時間くらいかけて通っていました。当時は打ち子を雇って稼働していて、メンバーが入れ替わったりもしましたが、そうやって稼働を続けていました。

夕方から逆転して大勝ちした思い出

『南国育ち』はプレミア演出が分かりやすく、押し順が揃うとプレミアが入ることもあって、液晶が良かったので確定演出を狙っていました。『エヴァ約束の時』もスイカのメーターの動き方で押し順役の状況がわかるので、めちゃくちゃ分かりやすかったです。

特に思い出に残っているのは、夕方くらいまで数万円投資して「もうダメだ」と思ったところから逆転して、数千枚単位で出して勝つことが結構多かったことです。2008年はそういう逆転勝ちが多くて、良かったなと思っています。

2009年になると、スロプロみたいな生活をがっつり始めていて、月に数十万円くらい稼いでいた時期もありました。その頃打っていたのが『キン肉マン』です。設定6はそこそこ打てましたが、当時は軍団が強くて全然勝ち目がなかった機種でもありました。

誰も座らない台に気づけた根拠

キン肉マンの思い出で一番インパクトがあるのは、万枚を出したことです。島の中に設定が入っていそうな台があったんですが、みんな狙っているのでなかなか取れませんでした。でもある日、その台に誰も座らない状況になっていたんです。なんでか分からないけど、イベントがあったはずなのに誰もいない。これは結構おかしいと思いました。

他の台は絶対に高設定ではなさそうな挙動だったので、普通に設定を狙う人があまりガンガン打っていない台だったんだと思います。「確定演出が出たら打つけど、わからないから打たない」というタイプの人が多かった。そこで友達と「これは入ってると思う」と話して打ち込んだ結果、僕は数千枚くらい増えて勝った記憶があります。

どちらかというと、人数を集めた王道の狙い方というより、他の軍団が強くてなかなか正面から勝てなかった分、こういう正攻法じゃないような勝ち方が多かったなという印象です。

記事内Q&A

Q. 2008年の5号機時代、業界では何が変わったのですか?
A. フリーズが演出として解禁され、『南国育ち』や『エヴァ約束の時』のような機種でフリーズを絡めた狙い方ができるようになりました。

Q. キン肉マンで万枚を出せた根拠は何ですか?
A. 設定が入っていそうな台にイベント当日誰も座っていない、という不自然な状況に気づけたことです。他の台の挙動も併せて判断し、友達と一緒に打ち込みました。

Q. 当時軍団が強い機種ではどう立ち回っていましたか?
A. 正面から勝つのが難しかったので、みんなが見落としている台に気づいて拾う、正攻法ではない勝ち方が多かったです。